ホームセンターにない物を並べたい 

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当リサイクルショップは、新品商品が7割を占めるがその多くはホームセンターにあるような商品である。
簡単に言えば、ホームセンター型リサイクルショップだ。
中古品、新品にかかわらず商品の入手経路はさまざまである。
「よくもこれだけ集めたねえ」というお客さんがいる。
「まあね・・・」とちょっと曖昧な笑顔で答えるが、このお客さんの感想は実は的外れといえる。
 
確かに中古品は、個人の持ち込み品や出張買取りなど「集める」感覚がある。しかし、それだけではバランスの取れた品揃えはできないし、自分の好みも反映できない。
それで新品の仕入れもしている。断続的な仕入先を入れると、ほとんど中小ではあるが15社ほどのおつきあいがある。
アウトレット品、バッタ品・倒産品など、新品にもかかわらずホームセンターの半分の価格で売ることができて、利益もあるというのが理想である。しかし、そんなおいしい商品は頻繁には転がっていない。
ホームセンター商品が主力でありながら、ホームセンターではない。あくまでアウトレットが主のリサイクルショップなのだ。
私はホームセンターに置いてない物を同時に扱いたいと模索している。
それは今のところ楽器や喫煙具に、ナイフや骨董品である。
ジッポーライターなどは昔のホームセンターは定番であったが、最近はすっかり姿を消した。世の中の喫煙を敬遠する傾向に同調したようだ。
ナイフも前はビクトリノックスなど見かけたが最近はあまり見ない。
殺傷事件などがニュースになると、割とすんなり刃物などを陳列からはずしたりする。
刃物をひっこめたところで犯罪が減る、とは思えないが。
どっちらにしても当店のナイフの品揃えにはマニアックなものはない。
ホームセンターは世の中の動きに意外と敏感なのである。
まあ、穿った見方をすれば、社会の良識派のポジションを確保しておきたいという姿勢だろうか。

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その中で私がもっとも力を入れている分野が、骨董品である。
骨董品に関心がある方は経験があると思うが、街の骨董屋さんというのは実に入りにくい。敷居が高いのである。
骨董品の名品と言われるものではなく、ちょっと古いものをインテリアとして飾りたいとか、実用として柄のいい古い皿で食事を楽しみたいとかいう人たちがいる。
アンティークな家具や古民具を上手に活用すると、すごくいい感じになる。生活空間がやわらぎ、心が安まる。
昔の火鉢を植木の鉢カバーにするとか、めだかを飼ったりする人もいる。
そんなお客さんはリサイクルショップに骨董品を探しに来る。
リサイクルショップと骨董屋さんとはどう違うのか。

一言でいうと、骨董に対するあるじの素養が違う。リサイクルショップの多くは、素養がない。日頃はたいした骨董品はないのだが、たまにいい物が入っても、馬鹿みたいな値段でならんでいたりする。

骨董屋さんはリサイクルショップを定期的に覗いて行く。

そんなリサイクルショップの無知をほくそ笑みながら、たまに出るいい物を拾っていく。仕入れ場所の一つなのだ。

 
当リサイクルショップでも、常連の骨董屋さんは二人いた。
ある時大量に骨董品を引き取り、まだ整理しきれないまま店内通路に山となっていた。
そんな状態の時、二人の別の骨董屋さんが偶然、鉢合わせしてしまった。これはまずい。二人ともプロである。プライドもある。
そのうちの一人は物色しているライバルを横目で見て、無関心を装った。
知らぬ間に消えてしまい、その後店に来なくなってしまった。
最初は普通のお客としてきていたこの二人の骨董屋さんも、ある時自分の正体を明かした。その後、親しく口をきくようになり私もいろいろ教わった。文字通り「お客さんは先生」である。
 
古い家を壊す前におじいさんの持ち物を処分したい、というような依頼があれば喜んで出かけていく。そこに骨董品があれば、わくわくどきどきと心は躍る。骨董品が大好きなのである。
しかし、最近一般の家からはいい骨董品はなかなか出てこなくなった。
私は若い時から骨董品には興味を持っていたし、旅先などで面白そうな骨董屋さんがあれば立ち寄ったりしていた。
 
まさか、骨董品を売る立場になるとは思いもしなかったが、自分の興味・経験が多少は生きている。
 
しかし、この商売を始めてから調べ知ったり教わったことも多い。
もちろん、失敗もたくさんした。
来なくなってしまった骨董屋さん、この人との関わりで今でもはっきりと覚えている失敗がある。
 

その失敗のお話は次回にしよう。

 


北京オリンピック面白い? 

06. 016 

連日の暑さでさすがに疲れがたまってきた。
白熱するオリンピックの競技の数々も、夜ビールを飲んだ後見ていると、つい居眠りしてしまう。
目が覚めるといい場面が終わっていたりする。
北京オリンピックも後半に入り、その熱狂を伝える報道は衰えることを知らない。テレビでの観戦にも力が入る。
 
しかし、どうだろう。

今回の北京オリンピックはかなり政治色の強い大会という印象が強い。

開会式の仰々しいプログラムの数々。大掛かりなショーである。

華やかで素晴らしい開会式だったという人もいる。

国威発揚の場として、国の威信にかけて、中国の遠慮会釈のない演出に、私は違和感を感じる。
人海戦術に手間ひまとお金をかけて、歴代中国の皇帝が主催するがごとくである。
どうだ、中国の力を見よとぐいぐいと見せつけた。
私は心地よく楽しめなかった。
鳥の巣の競技場にどしんどしんと近づく「ビッグフット」の花火はCGだった?
全世界が見ているTV向けにわざわざ企画したのか。
かわいらしく歌う中国の天使は「口ぱく」?
多民族国家の中国、五十以上のそれぞれの民族衣装を着た子供たちのほとんどは漢民族の子供?
 
そこまでして中国国家はオリンピックを成功せることが最重要課題なのだ。成功させたいのはわかる。
しかし、北京オリンピックの全てを肯定的に書け、とかウイグル地区やチベット問題の報道は制限するとか、情報公開という世界の流れに見事に逆行している。
海外メディアの辛らつな質問に「そんなに重箱の隅をつつくような質問はしないでくれ」と悪びれる様子もない。
 
国内的にはナショナリズムをあおるばかりである。

ロサンジェルスオリンピック以来、商業主義が優先するオリンピックにだんだん慣らされてきて、世界が集まるスポーツの祭典として面白ければ、それはそれでいいかと思ってきた。

中国も開催するのに莫大な費用を要しただろう。
オリンピックを開催するのに多額の費用がかかるのはもちろんだが、各国の選手がメダルを得るためにも相当のお金がかかる。
 
国民の所得にある程度余裕がなければ、スポーツを楽しむ競技人口は増えない。
素質のある選手がいたとしても、それを強化できる組織や指導者がいる。それを運営するための資金がいる。施設がいる。
海外の国際大会にも派遣する費用がいる。
それで予選をクリアして、やっとオリンピック参加である。
さらにメダルへの道は果てしなく遠い。
選手の努力のみならず多くの人のバックアップと資金がいるのである。
以前から言われていることだが、国の経済力とメダルや選手の参加数はある程度比例する。
貧乏国にメダルは取りにくい仕組みになっている。
私は、新聞を読んでいてあることに気が付いた。
それはメダルの獲得数の国別一覧表を見てのことだ。
40ヶ国が載っていた。
当リサイクルショップに買い物にくる外国人たちの多くは出稼ぎ組だ。
日本に来ている出稼ぎ組の国は、そのメダル獲得リストにほとんど
上がっていなかった。
中国からも多くの出稼ぎ組がいる。しかし、中国は唯一の例外である。
ブラジルはいいほうである。しかし、サッカーやバレーボールなど一部の競技を除くと、ほとんど活躍していない。
同じ南アメリカのアルゼンチン、チリ、ボリビア、ペルー
の人たちもたまに当店にくるが、リストに国名がない。
割と頻繁に来店する外国人たち、スリランカ、タイ、フィリッピン、インドネシアなど東南アジア諸国もリストに載っていないか、下位である。オリンピックは振るわない。
日本に来ているアフリカ系も同様である。
先日、ウガンダのジョージが来店したので、声をかけた。
 「オリンピックはどう?ウガンダは何の競技が強いの?」
ジョージはちょっと困った顔して、
 「うんっ、ウガンダは何も出てないよ、たぶん・・・」
 「じゃ、テレビ見ていても面白くないねえ」
 「そう、だから興味ないね、オリンピックといったって・・・」
ジョージはつぶやくように続けた。
 「政府は、スポーツ選手を育てるお金を出さない・・ね」
 
中国のアメリカをはるかに上回る金メダル数は目をみはる。
選手たちには拍手である。これはいろいろなことが重なっている。
もともと持ち合わせている社会主義特有のスポーツで勝つことが、国益というか国威を示す国の政策である。有能な選手を国家で育てあげる。
ソ連崩壊前のソ連や東ドイツ、チェコそして中国などがそうだった。
今回の中国はそれに加えて、市場経済を取り入れてからの急激な経済発展が伴った。
さらに、なんといっても開催国の有利さである。
しかし、北京オリンピックを心からすっきり楽しめないのはなぜ?
露骨に国威をしめす中国。盛大に運営されている大会に何か妙な「うそっぽさ」が見え隠れしてしょうがない。
 
出稼ぎ組の国はオリンピックではなかなか勝てない、中国は唯一の例外と書いた。
中国社会は大きな矛盾をはらんでいる。
そんな卑近な例が、出稼ぎ組が多いのに金メダルはダントツという
この不思議な結果にも現れている。
 
 
 
 

店の前での交通事故 

08.6sakitama 024 
あるお客さんとロードレーサー(自転車)を前にして話をしていた。
その時、グァーンガシャと突然の衝突音。
その場からは外壁で見えないが、
 「ああっ、事故ったな・・・」
そのお客さんと一緒に道路まで飛び出した。
若者と自転車が倒れていて、その脇に、おじさんが大きな声で叫んでいた。

 「大丈夫か、大丈夫か」

 

おじさんのワンボックス車は当店の駐車場から出るところだったようだ。車はぶつかった時のまま、入り口の半分をふさいだまま止まっていた。
 
私はすぐに救急車を呼んだ。
救急車が到着して4人の隊員が手際よく負傷者をストレッチャーに乗せた。
不幸中の幸い、意識はあるようだ。打撲と打ちキズでの血が痛々
しい。救急車が病院へ出発したあと警察もやってきた。
それを見て私は仕事に戻ったが、自転車の商談はそのまま立ち消えとなった。
 
交通事故で得する人は誰もいない。
今回は車の頭が道路に出た瞬間、かなりのスピードの自転車がぶつかる形だったようだ。
自転車の若者はヘッドフォンをし音楽を聴いていたらしい。外部の
音が聞きにくい状態だ。未確認だが、携帯画面を見ていた可能性
もある。
 
今回は自転車と車というケースだが、車を運転していて歩行者の動きにかねがね不思議に思っていることがある。
それは道路を横断する時、歩行者の多くは、止まろうとしている車の方を全く見ないことだ。
車は止まるのが当たり前といわんばかりにゆっくり自分のペースで歩いていく。
 
歩行者優先、歩行者がいる時は車は止まって待たなければならない。当然のことだ。
しかし、これはあくまで社会的なルールであって、全ての人がそれ厳守してくれる保証はない。
 
手を上げて横断している時でも、車の運転席ではよそ見したり何か床に落として拾おうとしているかも知れない。
何が起きているかわからない。
少し前のニュースでは、横断する学童の列に主婦の運転する車が突っ込んだ。学童は手を上げて、ルールを守って横断していた。
主婦は隣の友人とおしゃべりに夢中になり、前方を一瞬見ていなかった。
車を運転する側の視点でものをいっているわけではない。
それでは、自分が歩行者としよう。
横断歩道でも、横断する前に必ず車の流れや運転手を見る。
凝視する必要はない。「目をやる」程度で車は止まるのかそうでないかはわかる。
 
安全と判断したら、できるだけ速やかに渡る。のろのろしない。
車を優先させる側に立つつもりはない。
あくまで自分の身の安全を考えてのことである。
我々は身の安全・危険ということに関しての意識が、少々希薄なのだろうか。
法律は身の安全を守ってくれない。起こってしまったことのけじめをしめしてくれるだけである。
 
信号が青なら、左右に一瞥もくれずに歩き出す人、逆に深夜の交差点で車の気配が全くないのに、赤だからとじっと待っている人。
私はどちらも安全の本質からずれていると思う。
二、三日後、ワンボックスカーのおじさんが、迷惑をかけたと挨拶にこられた。
病院に運ばれた若者の怪我はたいしたことはなかったようだ。

よかった。

 

踊る魔法使い 

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猛暑日が続く。
やっとこの暑さの連続に慣れてきたが、7月に入ってから体調がくずれてしまった。
ひと昔は35度以上の猛暑は、8月の初めの一週間くらいなものだった。この頃はこの期間が長い。
 
倉庫型リサイクルショップにとっては夏の暑さは最大の難関である。
当店の対処は5台の扇風機だ。
今どき扇風機?というなかれ。
 
なんせ天井がない。屋根も外壁もスレートだ。エアコンは効かない。
だからエアコンは小部屋に囲ってある事務所にしかつけていない。
店内の4ヶ所の窓を開け、それぞれ扇風機を回す。
大きな軒になっている正面入り口には、径の大きい工業用扇風機で新鮮な空気とお客さんの背中を押している。
 
お客さんは快適な環境でないと来てくれないし、来店しても極端に
滞店時間が短くなる。夏は冬より厳しい。
スレート倉庫は天気予報の気温が35度だと、熱がこもり倉庫内は40度くらいになってしまう。
こうなると、熱気でむっとなり買い物どころではない。身の危険さえ感じる。
 
数年前まで、こんな光景も見た。
そのお客さんは一歩、店内に入るなり立ち止まった。
むっとした表情になり、あたりを見渡し
 「・・・・・・・・・・」
無言できびすを返した。そしてそのまま店を出て行ってしまった。
おいおい、何しに来たんだよ、と思ったがこの暑さでは無理もない。
この暑さ・不快感、何とかならないかと考えた。
いろいろ試してみた。
大きなコストはかけられない。
そしてついにある装置を取り付けることによって、大幅に改善することに成功した。
 
それは、屋根の上に水を撒くスプリンクラーだ。
これも最初は塩ビパイプで水道水をあげ、屋根の背に横に敷いた塩ビパイプに細かい穴をいっぱい開けた。
 
そこから水が流れ出ることによって、屋根を濡らす。
屋根を濡らすと気化熱で店内上部の熱の急な上昇を抑える。
そんな狙いだったのだが、実際にやってみると横パイプに開けた穴すべてからは水は出なかった。水圧が足らないのか。
 
しかも、横パイプの穴から出る水は屋根のスレートの波形の谷にしか流れていかない。
思ったほどの効果はなかった。

屋根の上 005 

そして登場したのが、写真のスプリンクラーだ。
これが何ともかわいい(?)魔法使いがほうきにのっかっている。
これを下の水道の蛇口からホースでつなぐ。けっこう長い。
水道の水圧だけでスプリンクラーの上部が回るだろうか。
そんな危惧を抱きながら、蛇口をひねる。
なんと水道の水圧だけで水は垂直のホースを上り、「屋根の
上の魔法使い」がくるくると回りだした。
回ることにより、シャワー状の水が広範囲に飛び散るのだ。
屋根の上に同じスプリンクラー2台を取り付けた。
2台で屋根全体の三分の二を濡らすことができた。
水道代が余分にかかるが、ポンプも使わないので電気代は要らない。水の節約も考慮して、一番効果的な頻度は20分おきに放水と止水を繰り返すこともわかってきた。
接客や商談もあるので、時間は厳密には難しい。それは適当でいい。
さて、効果であるが、なかなかいいのである。
エアコンのように冷気を作り出すわけではないので暑いことは暑いが、むっとした不快感はほとんどなくなった。
35度くらいまでは、扇風機との併用でしのげそうだ。
近くの町工場で働く常連さんは、ある暑い日、来店するなりこう言った。
 「あれ、同じようなつくりなのに、ここは何か涼しいなあ・・・」
してやったりである。
その「屋根の上の魔法使い」も三回目の夏を迎えた。
今年もすでに大活躍である。
皆様がリサイクルショップを訪れたら、駐車場から屋根をごらんになるといい。
そこに二人の魔法使いが踊っていたら、そのリサイクルショップは

当「笑えるリサイクルショップ」だ。


さきたま古墳群を歩く(最終回) 

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さきたま古墳群のある行田市は、東京からそんなに遠くないのに鄙びた印象だ。
秩父鉄道は列車自体もホームや駅舎も昭和の雰囲気が漂う。
古墳群の近くに、映画「三丁目の夕日」に出てくるような食堂があった。ガラスの引戸を開けて中に入ると、花柄のデコラ張りの天板に丸パイプの脚のテーブルが三卓。戦後の昭和の雰囲気である。
応じてくれたのも80歳に近そうなご夫婦だった。
そこで名物らしい「フライ」というものを食べてみた。
フライといっても揚げてあるわけではない。
ふくらみのない薄いお好み焼きとか韓国のちぢみとかの類である。
おやつ的な存在か。昔の懐かしい味がした。
「三丁目の夕日」的な食堂にはイメージがよく合う食べ物かな。
行田市にはもう一つ発見があった。
かつて足袋(たび)の一大産業があったことだ。
これは忍城址・郷土博物館に立ち寄って知った。
足袋のブランドのラベルが壁に一杯陳列展示してある。まるでワインのラベルを並べてあるようだ。足袋の製造機械やら賑わう街の様子の写真やらが、当時の隆盛ぶりを伝えていた。
 
「時代の変化」をまともにくらって消えていった産業の一つである。
さて、大和政権をしのぐ「日本王国」が関東に存在したか、である。
やはり、テレビ特有のセンセーショナルな取り上げ方が先行していると感じせざるをえない。
地元ではそんな取り上げ方に特に反応はせず、地道にこつこつと古代の文化を調査・保護していこうとしている。好感をいだく。
 
さきたま古墳群を一日歩いただけで、推論してしまうという素人の暴挙をお許しいただきたい。
 
大和政権以前から、ここらあたりを相当な力を持った勢力があったことは間違いない。それは敵対したり独立したりしていたわけではなく、ある時期、大和政権の傘下に下ったのだろう。
 
そして、大和政権の中枢にいた人物がこのエリアの支配に介入し、地元権力者と手を組んだ。それは軍事、文化、経済を合わせた併合である。政略結婚もあったろう。
 
大型古墳を造ることを許された関東一円の勢力は、中央政権とかなり密接だったことをしめしているのではないか。
近畿エリアで大型古墳が盛んに造られた時期と幾分あとにずれていることにも何か意味がある。
テレビがいう日本(ひのもと)王国は、中国の史書「旧唐書倭国日本伝」からの引用らしいが、日がいずる国ということで関東にあるとしている。
これには疑問をもつ。