吹奏楽をやりたい少年 

08.4店内 002


セルマーのサキソフォーンケースが9000円で売れた。中古である。
買って行ったのは30歳代の男性だったが、かなりサックスをやりこんでいる様子だった。

セルマーは木管楽器では定評のあるフランスの世界的ブランドである。
なぜか、中身がなくケースだけだ。
ケースだけでも新品で買えば3万円はする。なんせセルマーである。
アルトサックス本体は40万円以上はする。上を見たらきりがないのが楽器の世界だ。

当リサイクルショップは楽器も取り扱っている。アコースティックギター・エレキギター・金管楽器のトランペット・木管楽器のクラリネット、フルート、和楽器の三味線などだ。新品も中古もある。
ヤマハなどの一流品は中古の個人の持ち込みしかない。
新品は日本の楽器商社が中国に作らせている二流品である。

楽器は「何でもあり」のリサイクルショップには意外と難しい商品だ。
私は楽器が好きで、特に管楽器に思い入れがある。もちろん修理ができるわけではない。

私は中学時代、吹奏楽で3年間クラリネットを吹いていた。
遠い昔のことで、その後吹奏楽とは縁遠くなっている。

そんなわけで管楽器に声がかかると嬉しくなる。ついちょっとした話をしてしまう。
まあそんな会話が、こんなところで楽器を買うのはなあ、という疑心を払拭できるのかも知れない。

楽器の機能美というかデザイン的な美しさはいつまで見ていても飽きない。
ガラスケースには入れてあるが、なんせ倉庫型店舗なので少々ほこりっぽい。
それが一番の気がかりである。

当リサイクルショップで管楽器を買おうというお客さんは、小中学校で吹奏楽を始めるという初心者か、かっこよく吹いているプレーヤーに憧れて、自分もあんな風に吹いてみたいという若者である。
大体はちゃんとしたレッスンを受ける様子はない。
その結果、ほとんどが挫折する。いわゆる三日坊主に終わる。

楽器は習得するのには時間がかかる。
管楽器などは、最初はまともな音すらでない。独習でうまくなれるのは少ないだろう。
小中学生は指導者次第といっていい。

先日、中学生の男の子がガラスショーケースの中のアルトサックスをじっと見ていた。
私はつい声をかけた。

 「吹奏楽やってるの?」
 「ううん、やりたいんだけど迷っているんです」

今年入学したばかりのようだ。
 「吹奏楽部に入りたいんだけど・・・女ばかりで・・・」

その少年は友達に冷やかされるのが嫌だというのだ。
なるほど。確かに最近の吹奏楽部は女の子ばかりだ。

吹奏楽コンクールの結果を報じたある日の新聞の写真を見ると、55人編成の中に男の子はたった三人だけ。チューバで一人、トランペットに一人、バスクラリネットに一人という有様だ。男は肩身が狭い。

毎年、全日本吹奏楽コンクールの全国大会が東京の普門館で開催される。
吹奏楽の甲子園といわれている。
私の時代はその普門館に定着する前で、会場は持ち回りだった。
全国大会に出場するというのと、その年の会場だった高松、四国へ初めて旅行できるというので興奮したのを今でもよく覚えている。

そんな時代は男ばかりという編成も珍しくなく、女の子はせいぜい一割という構成だ。
当時の吹奏楽部は体育会系文化クラブと言われていた。

腹式呼吸を強化するため腹筋運動は日常であり、指導がスパルタ式なのである。
音が外れたりリズムが狂うと、練習を中断し頭をはられた(平手でなぐられること)
いわば調教みたいなものである。現代なら問題になってしまう。
そんな厳しい練習を続けて何か目標を達成すると喜びは倍加する。
恐れられた先生は尊敬の対象に変わる。不思議だ。

それはともかく社会に女性の進出が一般化して久しいが、吹奏楽部のように男女比率がまるっきり逆転してしまう例は他にあまり思いつかない。
男子中学生が余計な心配をするのも無理はない。

一週間後、その中学生は両親をつれて現れた。
両親の質問に答えて、

 「まあ、上達してくるともっといい楽器が欲しくなるんで、・・・」
 「まずはこのあたりで始めてみたらどうでしょうか」

ほんとは最初からいい楽器で始めるのがいいに決まっている。しかし、それぞれのふところ具合もある。
それにグレードの高い機種は当店にはない。

その家族は来週また来ますといって帰っていったが、少年は果たしてアルトサックスを手にすることができるだろうか。


なるほどなと思えたら、それぞれひと押しお願いします。

中日ファンと阪神ファン 

08.4.23名古屋ドーム 006


昨夜、名古屋ドームに中日阪神戦を見に行った。三連戦の第二戦目である。
名古屋ドームはおととし以来だ。

私は「ゆるいスポーツファン」である。
何がゆるいか、というとサッカーならテレビで国際試合はほとんど見るが、J1はサッカー場で一度見ただけ。野球はというと、テレビ・ラジオで見聞きするが、野球場はめったに行かない。
こんな程度のファンである。

プロ野球のチームにしても、熱狂的ファンというにおこがましい。不埒なファンである。
私は三塁側内野席4階のシートで観戦していた。
友人にもらったチケットだったので席の選択の余地はない。

中日の本拠地だから球場全体から言えば中日のファンが多いのは当たり前だ。
三塁側というのは阪神側というエリアだが、平日ということもあって阪神ファンは多くない。
それでも三塁側内野席の半分は阪神ファンだった。
レフト側外野席の100%は黄色のファンで埋まっている。

しかし、相変わらず阪神ファンというのは元気で存在感がある。というよりやかましい(笑)
どこに行っても意外と阪神ファンは多いのだ。これは東京ドームでもそれを感じる。


誰も驚かない告白をする。
長い間阪神ファンだった私は、去年の始めから中日ファンに宗旨変えをした。
阪神が嫌いになったわけではない。応援の順位が1番目から2番目に変わっただけだ。
中日は2番目から浮上した。

対戦相手がそれぞれ違えば、阪神と中日の両方に勝ってもらいたい。
今回のように中日と阪神が戦う時が問題だ。その応援比重が中日に傾いたのだ。

理由ははっきりしている。
監督である。
岡田監督に変わって長年の私のファン心が揺れ動いた。
過去何度も監督は変わっているじゃないか、という声が聞こえる。
なぜか岡田監督と相性が悪いのだ。(一方的なものを相性というか?)

監督が変わるとよくも悪くもチームががらりと変わって成績も変わることがある。
岡田監督は優秀な監督である。二軍監督時代も何回も優勝に導いたし一軍の監督に就任してからも期待を大きくは裏切っていない。

しかし、ベンチの奥で首を傾ける姿は、私にはどうしても「藤山寛美」に見えてしまうのだ。
藤山寛美が嫌いなわけではない。むしろ関西喜劇の天才として尊敬すらしている。

何がいけないのか。
それは、「藤山寛美が野球をやっている」という違和感である!
これだ、私の心を乱すのは。
だから私は岡田阪神に感情移入ができなくなってしまった。

こんな状態に前後して、逆に落合監督が私の心を捉えた。
名選手かならずしも名監督にあらずという言葉があるが、落合監督は間違いなく名監督といっていい。野球を知り尽くした采配に、言葉の少なさがなおさら才覚を暗示する。

なによりも落合監督に好感を持つのは、負けた時にメディアの前ではけして選手を責めないことだ。
いつだったかリリーフの岩瀬が打たれて負けた。
試合後、メディアの意地悪な質問に、こう答えた。

 「岩瀬がどれだけ今まで勝ちをもたらしてきたと思っているのか、(負けは)たまにはそんなこともあるわさ・・・」
 

その夜名古屋ドームでは結局2-3で阪神が勝った。広島から阪神に移籍した新井の移籍後初ホームランが出たくらいで、さほど劇的な展開はなかったが、やはりライブは雰囲気が楽しい。
阪神の応援団はまだ気勢を上げている。「六甲おろし」が繰り返される。

試合が終わって3万以上の観客の多くが一気に地下鉄の乗り場に向かう。その長い通路は満員電車状態でのろのろ歩きとなる。
球場でつかの間の非日常の興奮が終焉し、その余韻を味わいながらもふっと現実に戻っていく。
右の前に「ARAKI」の野球シャツを着た若者が行く、左には「KANEMOTO」が隣を笑顔で歩く。

阪神ファンから中日ファンに変節した私は前を行く若者たちを眺めて、複雑な気持ちではあったがなんか悪い気はしなかった。


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