「シェイクスピアおじさん」はホームレス

当リサイクルショップの敷地の隣に住みついているホームレスが一人いる。
並行している幹線道路と鉄道を跨ぐ高架の下だ。雨風がしのげ、夏は涼し
く冬も天気さえよければ陽だまりが暖かい。
公園のホームレスのように掘建て小屋はつくっていない。
ホームレスは大体は公園をベースに街中にいるものと思っていた。
どうやらタイプが2種類あるようだ。一つは定住型だ。ホームレスに定住と言
うのも変だが、公園や駅周辺・高架下など一定の場所をねぐらとして、ある
程度一定のエリアを徘徊する。
もう一つは、移動型だ。とにかく移動している。恐らく日本中を意味なく歩き
回っている。紙袋一つの人もいればシルバーカーを改造しているものも見
た。リヤカーに家財道具一式をつみこんで引っ張って行く人もいる。
奇妙な人もいた。上半身はだかで、薄い布団を頭からかぶって小走りに通
り過ぎて行った。2,3回見たから全国移動型ではなく、近くに定住している
のかもしれない。最近は女性も時々見る。
当リサイクルショップはこの地に開店して10年が過ぎた。
そのホームレスは隣の高架下にすでに住み着いていた。
その頃の話である。
65歳くらいか。店をオープンして2,3日してその男の存在に気がついた。
駐車場との間にネットフェンスがある。そのむこうでなにやら話し声がする。
さりげなく見ると、そのおじさんが一人でしゃべっていた。
その内容はわからない。下を向いてぶつぶつと呟いている感じではない。
まっすぐに立ち、正面を見据え見えない誰かに向かって、話かけているよう
に聞こえる。語気はやや強く高架下で声が野太く響く。
突飛な連想かもしれないが、舞台の上の「シェイクスピア劇」の一場面を思
わせた。はじめの頃は気持ちが悪かった。
外売り場を荒らされたりトラブルの原因にならなければいいが、と少し心配し
ていた。
それは杞憂だった。とても紳士的(?)なホームレスだった。服装も、割とこ
ぎれいにしている。穏やかだが、少し悲しそうな顔をして店前の道路を歩い
ていく。けして視線は合わせない。
ある日、視界の片隅にそのシェイクスピアおじさんの姿があった。
「ええっ、何してるんだ?」
とちょっとした驚きの場面を見てしまった。
なんと、道路上や溝の中の空き缶やごみを拾っていくのだ。金目の物を探
しているのとは明らかに違う。掃除をしているのだ。
また別な日は、駐車場の片隅の雑草を取っていた。まいったなあ。
もちろんその代価を求める様子はまったくない。
そのうちに、店前の道路を通り過ぎる時、外売り場で作業をしていたパート
さんは挨拶の言葉をかけるようになった。
言葉を交わすこともなく視線も合わせない。しかし、ちょっと意表をつかれた
様子だったらしいが、軽く会釈をする反応があったという。
そのホームレスは一度として店内に足を踏み入れた事がない。
ところが、ある日のことである。
その「シェイクスピアおじさん」が、レジにいた私の前にぬっと立っていた。
「・・・・・・・・・・・・・・」
言葉はなく手に1ダース200円の軍手をもっていた。そして、千円を差し出
した。その千円は少し乾いた泥のようなものが付着し、よれよれだった。
当店で買い物をしようとする事も意外だったが、その札にも驚いた。側溝に
でも落ちていたものだろうか。
「お金はいらないから、持っていっていいですよ」
「いつも、ごみを拾ってもらっているし・・・」
お金を返すと、「シェイクスピアおじさん」は一瞬ためらった後、いつもかぶっ
ている作業帽子をとって静かにおじぎをした。
その後、近くの麻雀屋の駐車場で草を取っているのも見たし、向かいのラー
メン屋の店長からも水などももらっているところも見た。時々、後にコンテナ
かごを積んだ自転車に乗って行くのも見かけた。
世捨て人には違いないが、生きていくためには最小限他人と接触しなくて
はいけない。自分の暮らしているエリアと、ぎりぎりのところでかすかな関係を
持っているといえる。
「シェイクスピアおじさん」はどんな人生を送ってきたのか。ホームレスにどう
してそうなったかは聞けない。聞いたところでそう簡単にはしゃべらないだろ
う。人生の中でいろいろなことがあり、やはりそれなりに心の傷を負っている
事に間違いない。
自分なりに規律をもち自堕落な様子がない。きっと、ちゃんとした仕事をも
ち、愛する家族もいたに違いない。あのおじさんに何が起こったのだろうか。
私は「シェイクスピアおじさん」の過去に何があったかを勝手に想像した。
ある時期、仕事で大きな失敗をし上司からひどく責められ同僚にも裏切ら
れた。それ以来会社内で冷遇され、ストレスがのしかかる。やる事なす事裏
目と出る。酒に溺れ、会社の人間とも付き合わなくなり、そのうちに出勤も
できなくなった。
妻はそんな心の内を理解せず、給与の不足を嘆くばかり。不仲になる。
家庭崩壊がはじまる。
あの時の失敗は実は上司が原因だった。もともとまじめで控えめな性格な
だけに、みんなの前でそれを抗弁できなかった。
くやしさが大きな黒い塊となって心を蝕んで行く。
その後、会社を何回も変ったがうまく行かなかった。
そして、子供を連れて妻も家を出た。
そうだったのか。あの結構力強い語りは抗弁だったのだ。
あの時言えなかった上司にむかって、裏切って行った同僚にたいして。
自分を捨てて行った妻にも言いたい。
割と大きな声なのに内容まで聞き取れない。しかし、いつも訴えかけている
ような話し振りはそうに違いない。
ホームレスにはつらい冬がまた来た。
あれから10年、「シェイクスピアおじさん」も年老いてきて、虚空の人物に向
かって何やら叫ぶシェイクスピア劇の開幕も、このところ頻度が落ちてきた。
なるほどなと思えたら、それぞれひと押しお願いします。
- [2008/12/06 18:57]
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コメント
想像は果てしなく…
マーサさん、コメントありがとうございます。
しかし、同じ妄想でもつらいホームレスの過去より、
常春の南の島で昼寝というような妄想の方が楽しいですね。
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