中日ファンと阪神ファン 

08.4.23名古屋ドーム 006


昨夜、名古屋ドームに中日阪神戦を見に行った。三連戦の第二戦目である。
名古屋ドームはおととし以来だ。

私は「ゆるいスポーツファン」である。
何がゆるいか、というとサッカーならテレビで国際試合はほとんど見るが、J1はサッカー場で一度見ただけ。野球はというと、テレビ・ラジオで見聞きするが、野球場はめったに行かない。
こんな程度のファンである。

プロ野球のチームにしても、熱狂的ファンというにおこがましい。不埒なファンである。
私は三塁側内野席4階のシートで観戦していた。
友人にもらったチケットだったので席の選択の余地はない。

中日の本拠地だから球場全体から言えば中日のファンが多いのは当たり前だ。
三塁側というのは阪神側というエリアだが、平日ということもあって阪神ファンは多くない。
それでも三塁側内野席の半分は阪神ファンだった。
レフト側外野席の100%は黄色のファンで埋まっている。

しかし、相変わらず阪神ファンというのは元気で存在感がある。というよりやかましい(笑)
どこに行っても意外と阪神ファンは多いのだ。これは東京ドームでもそれを感じる。


誰も驚かない告白をする。
長い間阪神ファンだった私は、去年の始めから中日ファンに宗旨変えをした。
阪神が嫌いになったわけではない。応援の順位が1番目から2番目に変わっただけだ。
中日は2番目から浮上した。

対戦相手がそれぞれ違えば、阪神と中日の両方に勝ってもらいたい。
今回のように中日と阪神が戦う時が問題だ。その応援比重が中日に傾いたのだ。

理由ははっきりしている。
監督である。
岡田監督に変わって長年の私のファン心が揺れ動いた。
過去何度も監督は変わっているじゃないか、という声が聞こえる。
なぜか岡田監督と相性が悪いのだ。(一方的なものを相性というか?)

監督が変わるとよくも悪くもチームががらりと変わって成績も変わることがある。
岡田監督は優秀な監督である。二軍監督時代も何回も優勝に導いたし一軍の監督に就任してからも期待を大きくは裏切っていない。

しかし、ベンチの奥で首を傾ける姿は、私にはどうしても「藤山寛美」に見えてしまうのだ。
藤山寛美が嫌いなわけではない。むしろ関西喜劇の天才として尊敬すらしている。

何がいけないのか。
それは、「藤山寛美が野球をやっている」という違和感である!
これだ、私の心を乱すのは。
だから私は岡田阪神に感情移入ができなくなってしまった。

こんな状態に前後して、逆に落合監督が私の心を捉えた。
名選手かならずしも名監督にあらずという言葉があるが、落合監督は間違いなく名監督といっていい。野球を知り尽くした采配に、言葉の少なさがなおさら才覚を暗示する。

なによりも落合監督に好感を持つのは、負けた時にメディアの前ではけして選手を責めないことだ。
いつだったかリリーフの岩瀬が打たれて負けた。
試合後、メディアの意地悪な質問に、こう答えた。

 「岩瀬がどれだけ今まで勝ちをもたらしてきたと思っているのか、(負けは)たまにはそんなこともあるわさ・・・」
 

その夜名古屋ドームでは結局2-3で阪神が勝った。広島から阪神に移籍した新井の移籍後初ホームランが出たくらいで、さほど劇的な展開はなかったが、やはりライブは雰囲気が楽しい。
阪神の応援団はまだ気勢を上げている。「六甲おろし」が繰り返される。

試合が終わって3万以上の観客の多くが一気に地下鉄の乗り場に向かう。その長い通路は満員電車状態でのろのろ歩きとなる。
球場でつかの間の非日常の興奮が終焉し、その余韻を味わいながらもふっと現実に戻っていく。
右の前に「ARAKI」の野球シャツを着た若者が行く、左には「KANEMOTO」が隣を笑顔で歩く。

阪神ファンから中日ファンに変節した私は前を行く若者たちを眺めて、複雑な気持ちではあったがなんか悪い気はしなかった。


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スーパーカブとスーパー爺 

06. 010

そのじい様、いつもスーパーカブに乗って颯爽とやってくる。
ホンダのスーパーカブはモデルチェンジをしながら、まだ製造販売されているらしい。
しかし、このじい様のスーパーカブは間違いなく昔からのものだ。よく似合う。年季の入り方が違う。
大体、いつも作業着を着ている。

 「いやあ、朝、堤防の草刈りをしてきてな、ひと汗かいたよ。はははっ」

と言って、店の奥のほうの文房具売り場に入っていった。
堤防とは隣の市との境である川の堤防だ。
いわゆるボランティアでの作業だろう。年寄りの朝はいつも早い。

このじい様、買うものはいつも決まっている。
アルバムか掛け時計である。フィルムをはがして挟み込む旧タイプのフエルアルバム。いつも5冊くらい買っていく。数えていたわけではないが、この数年間でたぶん100冊はくだらないだろう。
掛け時計は20個くらいか。

ある時たずねた事がある。
 「ところでアルバム、今までたくさん買ってもらっているけれど・・・何に使うんですか?」

 「人にやるんだよ・・・」
 「その人にな・・・関係する写真を少しいれ込んでな・・あげるだよ」
 「もうこの歳だとなあ・・だんだん知り合いが亡くなってしまって・・・はははっ」
 「足が悪いだとか、入院するまでないんだが家の外にでられないとか・・・そんな人を見舞いにな」

手土産にアルバムを持っていくという。掛け時計も同じである。
アルバムが行き渡った所は掛け時計というわけだ。
耳も遠くなく目も不自由はなさそうである。なにより頭がシャープなことに驚かされる。

 「5冊分合わせて2000円になります」

するとやおら、ズボンの中から布袋を引っ張り出した。布袋の先にはちゃんとズボンとつながった紐がついている。その布袋の中に財布が入っているのだが、さすがにさっさとは出てこない。時間がかかる。

 「はは、歳とるとなあ・・・財布もどこに置いたかすぐに忘れちまうでなあ」
紐をつけておけば大丈夫と、ちょっと恥じるように言った。

しかし、誰でも50歳も過ぎれば忘れっぽくなり、このじい様の歳でそれを恥じるように言われると我々の立場がなくなる。
車に乗り込んでから忘れ物に気がつき、また玄関を開けて中に入ったもののさて何を取りにきたのかと立ち尽くす。冷蔵庫を開けてから、はて何がいるんだったかいな、とちょっとの間思い出せない。
あるある、こんなことは普通にある。

このじい様、当然年齢的に軍隊経験がある。中国大陸だったそうだ。
私は店が混んでない時にそのあたりを聞いてみた。
この手の会話は気をつけなければいけない。お年寄りはよくぞ聞いてくれたとばかり、延々としゃべり出して止まらない場合がある。
しかし、このじい様は違った。

 「いやあ、飲み水がなくてな・・・泥水のようなものを飲んだのう」
 「初めの一週間ほど、下痢でピーピー・・・はははっ」
 「そのうちに、慣れてきてな・・・」
 「まあ、そりゃあ、ひどかった・・・」

戦争という極限状態の一場面を、昨日のことのように話してくれた。
そんな質問を嫌がらずに答えてくれたが、けして長々とは語らず、切り上げ方に思いやりがある。
店先で長話はできないし、おまえさんたちもほんとうは忙しいのだろう、と。

 「もう、おいくつになられるんですか?」
 「わしか、今年で91歳じゃ・・・はははっ」

小柄であるが、背筋がぴっと伸びていてかくしゃくとしている。
こんな元気なお年寄りが店に買い物にきてくれる。うれしいことである。
それ以後私と従業員の間で、このじい様は「軍曹殿」というあだ名となった。

軍曹殿は今日もスーパーカブに乗って、元気に知り合いの家を廻っている。


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先進ショッピングモールと「わくわく感」 

07.10店内 001


先日近隣のエリアでイオンショッピングセンターがオープンした。
主要幹線道路などが渋滞。多くのお客で賑わったようだ。

しかし、世の中、、物で溢れている。家庭でも個人でも不足感はとくにない。給与も上がらない。
余計なものは買わない。個人消費は沈滞するはずである。
流通業はこのところずっと不況という辛苦を味わされている。

最新のショッピングモールなどを見ると、かなりアメリカナイズされている印象を受ける。
ロサンジェルス郊外のモールを歩いているような錯覚さえ覚える。
トイザラスがまだ日本に進出していない頃、私もカルフォルニアの流通業を見に行ったことがある。

日本の流通業が企業化しはじめた黎明期はアメリカに学んだ。とくにチェンストアはそうである。
アメリカの流通業を常に観察しながら日本流に発展してきた。

しかし、数十年の時間は磐石と思われていたものも変化させる。
巨大化したダイエーは没落し西友はウォルマートに株を100%取得された。
優良企業だったイトーヨーカドーも壁に当たっている。
当リサイクルショップのあるエリアでも2年前に巨大ホームセンターが出現し、前後して二つの中小ホームセンターが消えた。

店舗運営のシステムもかなり変化してきている。
販売時点管理POSというシステムが普及し、それもさらなる進化をしている。
商品がレジを通過する時「ピピッ」とバーコードを読ませるあれである。

レジを通過することにより販売傾向や在庫情報を集約し、それをEOSという発注システムにリンクさせる。さらにそれを物流センターとオンラインで結び、商品が動く。売れた分だけ発注されるというわけだ。企業規模や業態などにより段階や手法に多少の違いはあるが、大雑把にこんなところだろう。

商品を仕入れて販売するという、大昔から行われていたシンプルな行為は、今ではこんなに複雑なった。単純な商取引が企業化しさらに効率を求めて進化していく。ほとんど企業側の都合である。

店内は快適で整然と清潔、品揃えには隙ない。
しかし、私は最近のショッピングモールを歩いてもちっともわくわくしない。うきうきしない。
要る物を買ってさっさと帰ってきてしまう。
季節感を店頭に表現したり、楽しい雰囲気を作り出そうとしている努力は感じられる。
だが、ほんとうのわくわく感は底の浅い演出などで得られるものではない。

流通業の大手が効率を求めて進化していくのは歴史的必然かもしれない。
こんなシステム化された大手の対極にあるのが、流通業の末席に位置するリサイクルショップだ。
まさに原始的システムである。(いや、システムがない)

ある時期、リサイクルショップを企業化し拡大できないか、と考えてみた。
ブックオフのようにチェーン化に成功している例もある。これは書籍・CD・DVDなどとアイテムを絞っていて、作業のマニュアル化が可能だったからだ。
当リサイクルショップのように総合リサイクルショップというか「何でも来い」というタイプはどうか。
業務の多くはイレギュラーの連続でルーティンワークは少ない。
マニュアル化は非常に難しい。

企業化や拡大をめざし効率を求めていくと、必ず店は面白くなくなる。
中途半端な追従はいずれ、消えていった中小ホームセンターのような運命が待っている。

ほんの一部を除き、ほとんどのリサイクルショップは売り場100坪前後かそれ以下の零細規模だろう。リサイクルショップは小資本で始められるためか、乱立している。
しかし、すでに淘汰がはじまっているのだ。

唐突で申し訳ないが、韓国でもタイでもベトナムやバリでも、アジアの市場(いちば)に行くとなんであんなにわくわくするのだろう。これは個人的な嗜好だろうか。
昔の日本にもあった市場は、時代の変化にほとんど駆逐されてしまった。
私はノスタルジアでものを言っているわけではない。

当リサイクルショップでは7割くらいは新品を扱っているが、まぎれもないリサイクルショップの一形態である。私は密かにこの「わくわく感」がリサイクルショップの生命線ではないかと思っている。


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雰囲気変えてみました。 

IMGP0062.jpg

以前からエッセイみたいなものを書いてみたいとは思っていました。
しかし、画像・映像が好まれる今の世の中、文章系は誰も読んでくれないだろうな、と思っていました。(「舞台裏」の出だしの文章はいつもいっしょだなあ・・・)

ところが、ブログとしては長文になってしまう私の駄文につきあってくれる方々がいらっしゃる。
嬉しいことです。ありがたいことです。

いたるところに桜が咲きほこり、季節が変わりました。
私のブログもテンプレートを変えてみましたが、いかがでしょうか。

プラグインという飾り物にも挑戦。金魚鉢の金魚は文章系の弱点を補ってくれるでしょうか。
しかし、プラグイン一つ挿入するにもおじさんには簡単ではなかった・・・悪戦苦闘(笑)

このFC2、ジャンルとしての分類にしっくりこないところがあります。
「エッセイみたいなもの」にぴったりの分野がありません。

「文学・小説」でも「本・雑誌」でもないし、ただの「日記」ではつまらない、と。
ましてや「学問・文化・芸術」では大げさすぎると思いつつ、結局その中の10くらいある小部門の末尾「その他」にエントリーしました。
「文化」という広く曖昧な概念に、なんとか存在の糸口を見つけられるかなと考えました。

それから半年がたちました。
そして、その「その他」の部門で、ついにランキング第1位になりました。
いつもは大体ベスト10には入っていましたが、第1位は初めてです。皆様のおかげです。

しかし、「学問・文化・芸術」全体としては35位ですから奥は深いんです。
しかもFC2ブログ総合では約3000位。全てのジャンルを合わせた全体では数万人の人がエントリーしているんですね。すごい数です。

最小部門でも1位は1位です(笑)
画面のランキングボタンを押すとランキングリストが出てきて、それを確認できます。
一度、ごらんになっていただけると嬉しいです。

ランキングも日々変動しています。明日はどうなっているかわかりません。
まあ、ランキングにこだわらず、書き続けられたらいいなあと思っています。


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