舞台裏

いつも当ブログを訪れていただきありがとうございます。
リサイクルショップというビジネスを始めて10年。
「エッセイみたいなもの」を書き連ねてみたいと思いこのブログを立ち上げました。
一ヶ月半がたったばかりです。
私は毎回の文章を「舞台」と思って、少なからず緊張して書いています。
今回はその舞台裏です。表舞台の補足だとか、裏事情だとかを書く場にしたいと思います。
だから少々語調も変わります(笑)
お読みいただいている方から2、3のご指摘のお答えをしておこうと思います。
「冒頭の写真は何?」
これらの写真は本文と特に関係はありません。文字ばかりで目がうるさいのではと写真を入れてます。
多くは当店の内外で撮った写真です。たまに旅行先のものもあります。
すべて自分自身で撮ったもので借り物はありません。
「ブログ画面の右側のあきが気になるんですが・・・」
私も気になります(笑)
ブログ画面のデザインは編集できるのですが、今の私にその力量と余裕がまだありません。
そのうちやります。気にしないでくださいね。
コメントはもちろんありがたいですが、「拍手」だけでも嬉しいものです。
皆様のコメントに刺激され、「拍手」にはげまされています。
今後もコメントも「拍手」もよろしくお願いします。
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- [2007/11/29 08:48]
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桐たんすの涙

中に入ると、引越し準備でそこら中がひっくり返っている。小学生低学年の女の子が二人いて、荷物の間を走りまわって遊んでいた。引き取って欲しい物を順番に聞いていく。リビングボード、チェスト、食器棚。なかなか質の高いものだ。それに比較的新しい。
「桐のたんす」が二棹あった。婚礼家具だ。
その時、その女性がぽつりと言った。
「離婚したんです」
すでに離婚は珍しくないし、周りの人々も特別な関心を払わない。
暗い様子はみじんもない。さばさばした風にも受け取れる。
「この家を出るのだけれど、次に住居には入らないし、置いて行けばうっとうしがるし・・・」
その「桐のたんす」かなり物がいい。総桐、金具細工も丁寧だ。購入時の価格は一棹50万円くらいか。そのうちのひとつを手放したいという。
う〜ん、困ったなあ。最近洋服タンスがすっかり売れなくなった。新築の家もマンションも多くはユニットクローゼットを設けるようになったせいもある。一人暮しの若者はポールハンガーで済ませていることも多い。
逆に出したい人が増え当店の在庫も増えている。婚礼家具はとくに足が遅い。
しかし、お断りするにはおしいタンスだ。
うちの店頭でいくらで売れるだろうか、せいぜい10万円ぐらいか。
リスクを考えると、いい値段では買い取れない。
「ほんとうにいいタンスで、心苦しいのだけれど、3万くらいしかうちは出せません」
「えっ、さ、3万?」
「いくらくらいだと思っていましたか?」
「いや、見当もつかなかったけれど・・・3万とは」
女性は親が買ってくれたのに申し訳がないと独り言のようにつぶやき、桐のたんすを見つめていた。
ふと見ると、女性の横顔から一筋の涙が流れているではないか。
泣かれたのは初めてだ。これにはまいる。ちょっとつらい場面である。
そんな時玄関に新たな客が来た。引越しセンターの営業マンの見積りだ。それを潮時に、
「じゃ、桐のたんすはうちでは荷が重い、保留にしておきましょう」
他のものの引き取りのスケジュールは電話で、と言ってその家を後にした。
「女の涙」は周りにそれなりの衝撃を与える。何かいい方法はないか、帰路考える。
委託にして折半という手もあるなと思いつく。10万で売れれば、5万がお客さんに入る。今まで委託販売は一度もしたことがない。全て買取りである。当店としてはイレギュラーだ。すぐに売れず現金にならなくても、とりあえず家から運び出せて引越しには間に合う。
お手伝いできるのは、この程度の提案ぐらいか。
その女性は二日後にこの提案を受け入れた。
リサイクルショップは家庭の不用品を再販してゴミが増えるのを減速させる。
その点では社会に貢献していると言ってくれる人もいる。
その人の要らないものを買い取るので、たとえ安くても喜んでいただけることが多い。
中古ビジネスとしてはさらに幅広く商品を仕入れる必要がある。
その中でもっとも強力な商材源は、会社の倒産・飲食店の閉店・ご老人逝去後の遺品処分、そして離婚での家財処分である。
こうして並べてみると、関係者にとってはつらいことばかりだ。
リサイクルショップは「他人の不幸」をビジネスにしている、そんな一面も、確かにある。
その後、委託の総桐たんすは予想に反して、なんと一週間もたたずに売れてしまった。しかも仮につけた15万円で売れた。
買ってくれた人はいいものが安く買えたと大喜びし、売った女性もその結果に満足してくれた。
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- [2007/11/27 09:43]
- 買取り・引取り まんだら模様 |
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なぜか片寄る不思議

不思議に思うことがある。
とある暇な平日の午前中、100坪の店内にお客は2人しかいない。がらがらである。 パートさんと店内を整理するチャンスだ。土日はお客さんが多くそんなことはやっていられない。
タンスなど大型商品が売れたあとに倉庫から在庫の家具を運び入れたり、そのあたりのレイアウト変更したりする。また乱れた商品の陳列補正などをする。
そんな時、わずかしかいないお客さんが邪魔になることがある。お客さんが邪魔なんていうと、ちょっと失礼だが、そんなつもりではない。とにかく作業をしようとする場所にお客さんがいるのだ。
たった二人しかいないのに。お客さんが優先だから、作業を変えて違うエリアに行こうとすると、その人は同じ方向に移動し通路をふさぐ。
「・・・・・・・・」苦笑しながら少し離れて待つ。
私が陳列替えをしようとするそのあたりに、なぜか向こうからお客さんが寄ってくる。
作業ができない。
どのくらいがらがらかというと、中くらいのスーパーのレジから奥に向かって、右手奥の肉売り場の前に一人、左奥角の野菜売り場に一人、店内この二人しかいないというくらいの状態。
当然レジからは陳列台の影で誰も見えない。スーパーはたとえであるが感覚的にわかりやすいと思う。
これくらいがらがらなのに、人は片寄る。不思議である。
子供の頃の情景を思い出す。自転車の乗り始めの頃だ。
ふらふらとバランスを崩しながら自転車をこぐ。そして態勢を立て直す。
「いいぞ、その調子だ」
自分に言い聞かせて気持ちよく走る。
後ろから数人が走って来た。ジョギングか。気をつけて左に寄る。
人は無事に通り過ぎたが、突然少し向こうの左の電信柱が気になりだす。
「電信柱に当らぬように気をつけなけりゃ・・・」と思う。
うん、危ないよなあ。気をつけよう。
「あああ、あれえ・・・」
意識すればするほど、目の前に電信柱が迫ってくる。
気持ちは電信柱から離れようとしているのに、自転車が勝手に寄っていってしまうのだ。
危うくぶつかりそうになったが、なんとか通過。
「ふぅ〜、危なかった・・・」
あなたはこんな経験ありませんか。
店内の人の片寄りとは、なんか似ているようで違うような気もする。
しかし、どちらもなぜそうなるのかわからない。未だに不思議なのである。
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- [2007/11/20 07:49]
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患者を公園に放置?

堺市の病院の職員が糖尿病で入院していた全盲の男性患者63才を連れ出し、大阪市西成区の公園に置き去りした。
職員の一人が匿名で119通報。救急車が来るのを確認して立ち去った。
その男性は7年前から入院。生活保護も打ち切られ2年前から入院費も滞っていた』
このニュースを聞いて私は驚いた。
最近見た映画マイケル・ムーア監督の「シッコ」の衝撃的な場面と同じではないか。
「シッコ」はアメリカの医療事情を現実の目で告発したドキュメンタリーである。
「シッコ」とは「ほとんどビョウキ」というくらいの意味らしい。
個人で保険に入っていないかぎり、病院にかかる費用はすべて個人もちのアメリカ。
国民健康保険制度がない。映画によると先進国ではその制度がないのはアメリカだけだ。
イギリスもフランスでも監督が患者にインタビューする。
「今回の医療費はいくら払ったんですか」
患者はその質問にとまどいながら、笑って答える。
「ええ、ゼロです。払っていません。お金はいりません。」
高額医療費の国の監督は、「ただ?信じられない」という顔をする。
次々と興味深い場面がテンポよく展開される。
そしてもっともショックを受けたのは医療費が払えない入院患者を病院の裏口からタクシーに乗せ、慈善団体系の病院の近くで「患者を捨てる」場面だ。
これだ。これが大阪の「患者置き去り事件」と同じだ。
「患者を捨てる」ことが、ついに日本でも起きた。
アメリカの話だと思っていたら、大間違いだった。
なぜこんなことが起きてしまうのか。
倫理観の欠如?医療制度の欠陥?所得格差の結果?
利益優先主義の行き着くところ?
とてもこの場では論じきれない深く大きな問題が潜んでいる。
あなたも私も笑って健康に生きていきたい。
しかし、この事件はとてもじゃないけど笑えない。
リサイクルショップに関係ない話ですみません。
でも時々こんな場合もありです(笑)
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- [2007/11/16 09:40]
- 世の中どうなってるの? |
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引越しの形態

引き取り見積もりの依頼があった。50過ぎの主婦だ。32インチの大型テレビに食器棚、整理ダンス、リビングボードなど。家具類は10年は使っているとはいえ、大変コンディションがいい。質も高いものだった。他にもいろいろあった。
引き取れるものは全てとも言った。
全容を聞いてから、その中年の女性に尋ねた。
「引越しだそうですが、どちらへ?いいものが多い。持って行かれたらどうですか」
「秋田なんです・・・・・。運送屋で見積もってもらったら、60万かかると言われました」
よく働きそうなその女性はふっ、とため息をついた。
「それで、うちに売ろうと・・・・」
「そう、秋田であらためて必要なものを買ったほうが・・・・ね」
不用なものだけでなく必要なものもこの際片付けていこうということか。
最近こういう引越しが増えてきた。
「来る時は会社が費用を払ってくれたのに・・・・」と少しぐちった。
どうやら会社のリストラにあったようだ。
「ブラジル人は雇うのにね」
「・・・きっと、ブラジル人の方が給与が安いからじゃないですか」
「いや、変わらないよ。噂だけど、政府から補助金がでるらしのよ、外国人を雇うと」
企業も利益を確保するため人件費の安い(たぶん)外国人を雇い、まだ働ける日本人がはみ出る。この現実を目の前して他人事ながら気が重くなる。
見積もって価格を提示した。その女性は家具や雑貨類の買取り価格に納得した様子だったが、ただ一つ問題があった。32インチのブラウン管テレビだ。
数年後の地上波デジタル化とリサイクル法の影響で、大きいほど値がつかない。年式によっては処分代がかかりますと言ってお断りすることもしばしばだ。
そのあたりのテレビ事情を説明した時、ちょっと驚いた顔をした。
テレビが一番高く売れると思っていたようだ。
「30万もしたのよ。お父さんがテレビを一番気にしていたし」
お客さんの期待と実際の買取り価格がもっとも乖離するのがこんなケースだ。
今では32インチの液晶テレビが10万円余りで買える。電気製品の進歩は早く価格の変化も激しい。
「明日電話をしますから、それまでお父さんと相談しておいてください」と帰った。
翌日、テレビは知り合いにあげることにしましたと電話があり、それ以外の家財を引き取ることになった。
賢明である。
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- [2007/11/12 08:54]
- 買取り・引取り まんだら模様 |
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ハッサン食品店

パキスタンで大統領選挙後、政情不安が続いているという記事を新聞で読んだ。それを読んでいて一人のパキスタン人を思い出した。
時々当店にやってきた外国人の一人でハッサンといった。髭剃りあとが濃い30男だ。仮名にする必要はないだろう。ハッサンはイスラム圏ではかなり多い名前だ。
そういえば、あのパキスタン人最近来ないなあ。
ある日やや顔を紅潮させたハッサンが言った。
「冷凍庫を探している、大きいやつ」
流暢とはいえないが、意思疎通に充分な日本語をあやつる。
業務用冷凍庫の中古はめった入荷しない。当然在庫はない。
「今は持っていないけど。何に使うの?」
「食料品の店を開くのです。隣町で。3つくらいほしい」
話をしているうちに、先日輸入の冷凍庫のセールに来た営業マンの事を思い出した。
「ちょっと待って」
奥からファイルした冷凍庫のパンフレットを取り出してきてハッサンに見せた。
彼は288Lの業務用冷凍庫に興味を示した。価格は16万円と印刷されている。
「いくらになる?サイズはよさそうだけど」
ほとんど気がなく営業マンの話をよく聞いていなかったのだが、確か定価の40%で卸すと言っていた。
「う〜ん、そうね半額で売れると思う」
店頭に並べる手間がないカタログ販売では、そうそう利益は取れない。
しかし、パキスタン人が日本で食料店を開いてうまくいくものだろうか。素朴な疑問が湧く。いったい何を売るのだろうか。
「いろいろな香辛料、カレーの食材ね。それから肉。羊、牛、鶏など」
なるほど。香辛料はともかく、肉類はお客はスーパーに行ってしまうのではないか。
「肉はお祈りしてあるやつを本国から輸入して売ります」
お祈りしてあるやつ?なんじゃ、そりゃ。
イスラム教徒は豚肉は食べないというのは知っている。しかし、それ以外にも何か制約はあるのだろうか。
ハッサンは続けた。
「そう、コーランの教えに従って殺された動物の肉、お祈りしてある肉」
イスラム教徒は豚以外でもイスラムの祈りがされていない肉は食べてはいけないというのだ。ハッサンは食べていい肉をハラルミートと言った。
「日本にイスラムの人、たくさんいるね。みんな肉買うのに困ってるね」
酒井啓子氏の解説はわかり易いが、イスラム圏の文化そのものがわかりにくい。だからこそ文化的交流が必要なんだろうけど。
次々と卑近な疑問が湧いてくる。
お祈りがしてあるものとそうじゃないものとの区別はどうしてるのだろうか。肉をどこで誰がお祈りするのだろうか。お祈りしてもらうのにお金がかかるのだろうか。
その疑問は、尋ねるにはあまりに不躾な気がして言葉の問題もあり、結局そのままになってしまった。
そして新品の冷凍庫が商社から直送された。
私はタイミングを見計らってハッサンの店を訪れた。小さな店に横長の大きな冷凍庫が三つ横たわっていた。
冷蔵ガラスショーケースはないので、日本の肉屋さんのイメージはない。あくまでハッサン食品店である。それでも数人のお客さんが買い物をしていて、上々の滑り出しのようだ。
店内は聞きなれない言葉が飛びかっていた。
ハッサンはその後数回当店にきたが、一年くらい前から顔を見なくなった。先日、そちら方面へ行くついでがあり、ふと気になってハッサンの店の前を通ってみた。
「あれぇ、おかしいな」
ハッサン食品店は看板もなくシャッターがおりていて、営業をしている気配がなかった。
ハッサンはどこへ行ってしまったのだろうか。
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- [2007/11/05 09:20]
- 日本にうごめく外国人たち |
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