リサイクルショップのかしこい値引き交渉術 

08.1.24店内8

アジアの市場などに行くと、値札がない。いつも値段交渉である。
先日のNHK「アフリカ縦断の旅」という番組を見た。(タイトル不正確)
そのツアーの女性軍がマーケットの民俗衣装の店に入り、試着してわいわいとやっている。
店主は、最初一着9000円(日本円換算で)と言った。
女性軍は粘った。なんと最後は1000円となった。どこの国の人であろうと女性は強い。

9000円は観光客向けのふっかけだろう。確かに高すぎる。
しかし1000円まで下げたのは、店主の思惑があるからだ。
その時、10人ぐらいのそのグループの女性客はほとんど買う気でいた。その枚数を見込んだのだ。
売る側としてよくわかる。

日本では店頭交渉で9分の1になることはまずない。
高額品の車や電化製品などの値引き交渉は見かけるが、正札販売が一般的になっている。
しかし、リサイクルショップはもともと売価は安く設定されているのにもかかわらず、雰囲気がその気にさせるらしい。

外国人たちは必ず値切る。よその店では値切ったことがないような日本人も時々値切る。
値引き攻防戦が始まる。

外国人はこうくる。
マキタの電動工具につけてある値札を指差して、
 「ハンブンで、OK?」

半分でOKなわけない。
あまり極端な値引き要求に、つい説教してしまうことがある。

 「あのね、あなたのお国ではそういうのが普通かも知れないけど、・・・」
 「ここは日本、値段はここに表示してあるでしょ。これが値段。」

そうかといって全く値引きに応じないわけではない。
こんな条件の時、値引きしてしまうことが多い。

 1.まずは高額であること。
 2.または多量であること。
 3.長いこと在庫をしていてそろそろ売ってしまいたい商品。
 4.こちらが気がつかなかった不備が発見された商品(致命的でないが部品が不足しているとか)
 5.とても感じのいいお客で、こちらの機嫌がいい時。

この中で5.は意外と重要である。
こちらの機嫌はともかく、笑顔でさりげなく「少し値引きしてもらえると嬉しいな」とか言われると、
そうねえ、少しまけてあげようかなと思う。
反対に、値引きは当然というような高圧的態度でこられると、拒否反応がでてしまう。

お客さん側から感じのいい店・悪い店があるように、店側からも感じのいいお客さん・悪いお客というのがある。これは買ってくれるお客さんが感じがよくて、買わないお客は感じが悪いということではない。

繰り返すが、値引き交渉に「笑顔でさりげなく」は重要である。
こんな交渉術の基本を全く逆をいく客がたまにいる。

そのおばさんは128円の手工具ブラシと80円の自転車パンク修理のゴムパッチの二つを手にしていた。
ともに新品である。そして、なれなれしく言い放った。

 「ねえねえ、二つで200円にして」
 「???」

その単価の安さに、おばさんは値引き交渉をしているのだ、と一瞬理解できなかった。
内容によっては値引きに応じることは少なくないとさっきから書いている。

しかし、こういう無神経な客には不愉快を通り越して笑えてしまう。
たとえ金額が小さくても交渉するのはお客の勝手で権利でもある、という意見もあろう。
もちろんその通りである。でも楽しいお客さんではない。

そういうお客のほとんどは、応じられませんと断ると必ずこう言う。
 「けち!たった8円じゃないの」

この反応が楽しくない原因だ。
私は心の中でつぶやく、「逆じゃないの、たった8円くらい気持ちよく払ったら」と。

極端な値引きは利益を圧迫するが、お客さん側からみれば値切れる店は楽しい。
わくわく感のある楽しい店が私の理想だが、この兼ね合いが難しい。


「小さな値引きは言うな、大きな値引きを求めよ」


なるほどなと思えたら、それぞれひと押しお願いします。

先進ショッピングモールと「わくわく感」 

07.10店内 001


先日近隣のエリアでイオンショッピングセンターがオープンした。
主要幹線道路などが渋滞。多くのお客で賑わったようだ。

しかし、世の中、、物で溢れている。家庭でも個人でも不足感はとくにない。給与も上がらない。
余計なものは買わない。個人消費は沈滞するはずである。
流通業はこのところずっと不況という辛苦を味わされている。

最新のショッピングモールなどを見ると、かなりアメリカナイズされている印象を受ける。
ロサンジェルス郊外のモールを歩いているような錯覚さえ覚える。
トイザラスがまだ日本に進出していない頃、私もカルフォルニアの流通業を見に行ったことがある。

日本の流通業が企業化しはじめた黎明期はアメリカに学んだ。とくにチェンストアはそうである。
アメリカの流通業を常に観察しながら日本流に発展してきた。

しかし、数十年の時間は磐石と思われていたものも変化させる。
巨大化したダイエーは没落し西友はウォルマートに株を100%取得された。
優良企業だったイトーヨーカドーも壁に当たっている。
当リサイクルショップのあるエリアでも2年前に巨大ホームセンターが出現し、前後して二つの中小ホームセンターが消えた。

店舗運営のシステムもかなり変化してきている。
販売時点管理POSというシステムが普及し、それもさらなる進化をしている。
商品がレジを通過する時「ピピッ」とバーコードを読ませるあれである。

レジを通過することにより販売傾向や在庫情報を集約し、それをEOSという発注システムにリンクさせる。さらにそれを物流センターとオンラインで結び、商品が動く。売れた分だけ発注されるというわけだ。企業規模や業態などにより段階や手法に多少の違いはあるが、大雑把にこんなところだろう。

商品を仕入れて販売するという、大昔から行われていたシンプルな行為は、今ではこんなに複雑なった。単純な商取引が企業化しさらに効率を求めて進化していく。ほとんど企業側の都合である。

店内は快適で整然と清潔、品揃えには隙ない。
しかし、私は最近のショッピングモールを歩いてもちっともわくわくしない。うきうきしない。
要る物を買ってさっさと帰ってきてしまう。
季節感を店頭に表現したり、楽しい雰囲気を作り出そうとしている努力は感じられる。
だが、ほんとうのわくわく感は底の浅い演出などで得られるものではない。

流通業の大手が効率を求めて進化していくのは歴史的必然かもしれない。
こんなシステム化された大手の対極にあるのが、流通業の末席に位置するリサイクルショップだ。
まさに原始的システムである。(いや、システムがない)

ある時期、リサイクルショップを企業化し拡大できないか、と考えてみた。
ブックオフのようにチェーン化に成功している例もある。これは書籍・CD・DVDなどとアイテムを絞っていて、作業のマニュアル化が可能だったからだ。
当リサイクルショップのように総合リサイクルショップというか「何でも来い」というタイプはどうか。
業務の多くはイレギュラーの連続でルーティンワークは少ない。
マニュアル化は非常に難しい。

企業化や拡大をめざし効率を求めていくと、必ず店は面白くなくなる。
中途半端な追従はいずれ、消えていった中小ホームセンターのような運命が待っている。

ほんの一部を除き、ほとんどのリサイクルショップは売り場100坪前後かそれ以下の零細規模だろう。リサイクルショップは小資本で始められるためか、乱立している。
しかし、すでに淘汰がはじまっているのだ。

唐突で申し訳ないが、韓国でもタイでもベトナムやバリでも、アジアの市場(いちば)に行くとなんであんなにわくわくするのだろう。これは個人的な嗜好だろうか。
昔の日本にもあった市場は、時代の変化にほとんど駆逐されてしまった。
私はノスタルジアでものを言っているわけではない。

当リサイクルショップでは7割くらいは新品を扱っているが、まぎれもないリサイクルショップの一形態である。私は密かにこの「わくわく感」がリサイクルショップの生命線ではないかと思っている。


なるほどなと思えたら、それぞれひと押しお願いします。