冬のラーメン店はなぜ暑い?再び。 

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寒い日が続く。一年で一番寒い時期だ。
以前「冬のラーメン店はなぜ暑い?」という記事を書いた。
その中で、最近のラーメン店や飲食店のチェーン店では、そこで働く人達
が半袖であることに注目した。

その後、二年が過ぎて、真冬でもその半袖で働く店がさらに増えてきた。
自分の過去記事を読み返してみると、今でも全く同じ感想を持ち続けてい
る。というより、その気持ちがより強くなっている。

そこで、少しだけ編集しなおして再びアップさせていただくことにした。

こんな時期のランチはあつあつのラーメンがいいと、ある大きなラーメン店
に行く。 相変わらずよくはやっている。天井が高く道路に面した南側は全
面ガラス張りだ。

 「いらしゃいませ!」
 「ラーメン、並一丁!」

元気なてきぱきとした声が飛び交う。
屋台から身を起こしたこのチェーン店は、その屋台ラーメンの味が売りだ。

陽光がさんさんと店に射しているせいか、店内は妙に暖かい。嫌な予感が
したので、ガラス張りに面した席を避けて陰になるところに座った。
しかし、暖かすぎる。上着を脱ぐ。首に巻いてあるものを取る。まだ暑い。
ラーメンを食べ始めると体が熱くなってくる。汗が出てくる。夏場ならよく
ある。 しかし今は真冬である。薄手のセーターを脱ぐ。まだ暑い。汗は止
まらない。 ちょっと待て。ここまでくるとちょっと不快感を感じる。
陽光のせいではなく空調の温度がかなり高いのだ。

小売業は商品、飲食業は味が基本である。
私は小売業と飲食業とは、接客という部分では近いところがあると思ってい
る。 だからランチを食べに行っても夜のちょっとした飲み会でも、お客のあし
らいや店の運営方法・雰囲気・快適さに無関心ではいられない。
繁盛している店はどうして繁盛しているのかと、さりげなく観察をする。

繁盛店の多くは挨拶がいい。お客さんにかける言葉も従業員同士の掛け
声も元気で気持ちがよい。 飲食業の場合、快適さの要素に店内の室
温 ・換気も忘れてはならない。

そのラーメン店にちょっとした勘違いがあると思った。
外は寒い!だから中を充分に温かくしておくのがサービスがいいのだと。
しばらくして、さらに大きな思い違いがあることに気が付いた。
忙しげに立ち働く10人くらいの従業員・アルバイトは全員が揃いの半袖の
Tシャツ一枚。

冬でも半袖で動き回っていると確かに「元気な店」に見える。
それはそれでいい。ところが室温がその「半袖たち」に合わせてあるのだ。
暑いはずである。 この店の快適さはお客のためではなく、そこで働く従業
員のための快適さだったのだ。

もう一つ思い出した。有名チェーン店のカレー屋だ。
ここもよく繁盛している。挨拶はステレオ方式だ。誰か一人が「お待たせし
ました」と言うと、少しづつずれて、全員が「お待たせしました」と大きな声で
言う。顔はあっちを向いていても、フライヤーでトンカツを揚げていてもだ。

元気のいい挨拶は気持ちがいい。てきぱきと仕事がまわっている。
しかし、冬なのに暑い!やはり全員が半袖のTシャツで立ち働いている。

何か変である。
ともに飲食業として企業化に成功した成長企業である。

駐車場で暖かい車内から出る時、ジャンバーなりコートなりの上着を着て
一旦は寒い外気に触れる。 店内に入った瞬間は暖かくて気持ちがほぐれ
る。しかし、そのうちに上着を脱いでも暑くなる。

接客という部分では「サービスがいい」というのは、気配りが行き届いてい
るということだ。寒いすぎるのも、必要以上に暖か過ぎるのも「サービスが
悪い」と言えるのではないか。

ここで環境問題を取り上げるつもりなはい。
私は快適にラーメンやカレーが食べたいだけなのだ。
ラーメン屋さんもカレー屋さんも、お願いだから半袖はやめて、室温をあと
2度下げてくださいな。

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「アバター」もえくぼ 

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「アバター」を観た。
最初に頭に浮かんだ言葉がこれ「あばたもえくぼ」だ。
いきなりだじゃれで申し訳ない。
「あばたもえくぼ」とは惚れてしまえば、欠点も良く見えるということだ。
「アバター」と何の関係があるのか、と言われそうだ。

アバターといえば、自分の分身となるキャラクターである。
ネットを遊び場とし日常の情報源としている人々にとっては、アバターという
言葉は目新しいものではないだろう。
ブログによってはアバターがプロフィールの枠に示される。
たいがい、分身は本人よりかっこよくなっている。

映画「アバター」の話である。話題の3D映画で製作された。
人類はついに人間のDNAとその星の先住民と合わせ、合成人間をつくる。
それがアバターである。ドライバーと呼ばれる人間がある装置に入って
それをコントロールする。

3Dと言えば、どこかのお城(名古屋城?)かなんかで10分くらいの案内映
像を見たことがある。専用めがねをかけて、なんか頭がくらくらした。
それが格段の進化をしたという。それも見ておきたかったが、なにより
「アバター」を見たくなったのは、ある新聞のコラムにあったこの言葉である。

 『キャメロン監督は二度と従来の2D映画は撮らないといっている』
     
つまり、映画は3Dが当たり前となり、その上での映画の出来不出来を見て
くれ、と。3Dの目新しさ、驚きの映像、そんなこけおどしだけの映画じゃない
よと宣言しているのだ。
「映像革命」を果たしただけでなく中身で勝負する、という。
これは見なきゃいけない。

いやあ、面白かった。立体映像も素晴らしい。
見たこともない植物や動物。空に浮く島、すごい。
なんといってもテレパシーみたいなもので自分の思いのままに飛び回る
怪鳥がいい。魔法の杖に跨って飛ぶより、はるかに違和感がない。

と拍手したいところだが・・ちょっとストーリー性がいまいちである。
突っ込みどころ満載なのだ。

地球は汚染されて瀕死の状態。他の星に活路を求めて出ていくという時代
設定である。その星というのがパンドラ。名前が安直で面白い。

瀕死の地球、誰がそうさせたのか。人類である。
宇宙に安住の地を求めて出て行くのはいい。
しかし、先住民のもっとも神聖な場所といわれる地下に貴重な鉱物資源
がある、それを手に入れるために移住を要請。それができなければ攻撃
する?地球で開発と称し自然を破壊しつづけてきた人類。
宇宙に簡単に飛び出していける時代になっても、反省がないよなあ。

それにその侵略の手法は欧米が歴史的にやってきたことである。
まずは先住民をてなづけるため、宣教師の派遣。宣教師自体は宗教的
ミッションを真摯に遂行し病院や学校を立て、善行もする。
その後機を見て後にいる組織が経済、政治を支配していく。
今回はアバターが先住民と接触しその宣教師的役目を負っている。

そして侵略側でありながら、先住民の高度な精神性や豊かなその地や
人々に惹かれて、最後はアバターのジェイクは侵略軍と戦うという形だ。

このストーリー構成はハリウッドは何度も繰り返している。
勝手に侵犯し破壊して、良心に苛まれるヒーローが犯された側に立ち、
侵略者と戦う。映画を見る観客も世代交代をしていく。確かにそれなりに
感動を与える。しかし、私には陳腐なハリウッドストーリーに思える。

この映画ではさすがに侵略者を「地球」や「アメリカ」に設定してしていない。
開発目的の民間会社にしてある。これがまた、自分達の大事なものを必死
で守る先住民たちに大変失礼だと思う。先住民の敵として軽い。
地球人の超現代重火器兵器に対して、先住民はやりと弓である。
しかし武器の重装備の割りに、大儀名分があまりに軽るすぎる。

屈強な兵隊達は、その民間会社に雇われた傭兵である。
元アメリカ海兵隊出身者が中心になっていると思われる。

その傭兵軍の最高指揮官が民間会社の責任者である。とても軍隊を動か
す威厳はなく、アメリカのセールスマンみたいな人物である。あまりに軽い。
また、実際の軍隊を仕切る大佐も、懐かしいくらい昔的人物である。

後半、先住民の聖地に攻撃に向かう飛行編隊は重々しく迫力がある。
私はこの場面でベトナム戦争を思い出した。
爆撃機の大編隊がジャングルの上をじゅうたん爆撃していくニュース映像
が頭によぎった。これは相当の時代錯誤である。

この大佐も不思議だ。自分の乗る大型飛行物体が墜落しても死なない
し、しつこいほどアバターに迫る。宗教戦争でもないし国家も背負っていな
いのにあの執念は一体なぜだろうか。わからん。

私は想像を絶する映像を楽しむことにして、ストーリーには目をつぶった。
今後の3D映画の進展に期待したい。
やっぱり「アバター」もえくぼ、なのである。

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